父親についての記事(長い)をようやく掲載できたので、もう何本か書こうかな!
だって「血のつながりある親の死」って人生の中でMAX2回しか巡ってこない、重大な出来事なんだからさらっと終わってはもったいない。
長い記事はこちらです↑
1万字以上ある上に半分ぐらい選挙の話なので(笑)暇な人だけ読んでください。今回は短く終わるつもり!
2018年春「とんねるずのみなさんのおかげでした」が終了した
2018年春の番組改編で、フジテレビの長寿番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」が終了したのは記憶に新しいですが、この番組が「みなさんのおかげです」だった頃、チェッカーズが準レギュラーのような形でコントに出演していたことを覚えている方はけっこう多いのではないでしょうか。
わりと長い期間出演していて「巨人の星」や「ウェストサイドストーリー」のパロディや、DJ OZMAがなぜか影響を受けたという「矢島工務店」などいくつかのシリーズコントがあったのですが、中でも印象深いのは「青春の1ページ」「○○によくある風景」などと呼ばれている「おかげです中学」で「ノリ男とチェッカーズが同級生という設定のコント」だと思います。
番組終了に合わせて発売されたDVD-BOXにも「青春の1ページ チェッカーズの不良学生によくある風景」が収録されました。
さて、勘のいい人、そしてチェッカーズのファンだった人はここまででなんとなく気づかれたかもしれませんが、このコントシリーズは
チェッカーズの楽曲「ONE NIGHT GIGOLO」の前奏にのってノリ男を含めた複数で踊り、歌の出だし「Kill you」の直後にノリ男がスリッパで叩かれるギャグが定番
となっています。(Wikipediaより)
「ONE NIGHT GIGOLO」を聞けば「ああ、あの曲!」と思い出す方も多いのではないかなと。。。
Amazonプライム会員の方は、プライム会員特典で聞けるので聞いてみてください。
Youtubeにも当時の動画がたくさんありますので、興味のある方は「ONE NIGHT GIGOLO」で検索していただければ、若さゆえか今よりはだいぶ尖った雰囲気の、しかしとびきりセクシーな藤井フミヤ氏の姿を拝むことができます。
さて、私が子供の頃からチェッカーズの、中でも藤井フミヤ氏のファンだったことは、ブログにも何度か書いているのですが……。
「みなさんのおかげです」のコントにチェッカーズが出ていて「ONE NIGHT GIGOLO」の曲に合わせて踊っていたころ、私はまさに子供でした。なので「ワンナイト」ぐらいは、和製英語としてなんとなく理解できたのですけど「GIGOLO」の意味がまったく、わからなかったんですね。
意味というか読み方すらわからなかった。国語辞典ぐらいはぎりぎり引けた年齢かな?と思うのですけど、英和辞典は無理だったし。
知りたかったのです。「GIGOLO」の意味が。
しかし、当時の歌番組で司会者に「この曲の歌詞はどういう意図で?」と訊ねられたフミヤ氏が「イメージですか?ナンパですね」と答えたりするあたり、どうもなんかちょっとこれ、エロい意味なのではないか……?
子供の頭で私は考えました。たぶんこれ、お母さんに聞いたらまずいやつだ。
そうだ!お父さんに聞こう。もし変な意味だったとしてもお父さんならたぶん、怒ったりはしないはずだ!
歌番組にチェッカーズが出演し「ONE NIGHT GIGOLO」を歌うことになっていたある夜、テレビのある部屋には私と父が2人。
今しかない!と思った私は、歌が始まる直前、テレビに「ONE NIGHT GIGOLO」の曲名が映し出されたその「GIGOLO」の部分を指さして父に訊ねました。
「お父さん、これは何と読むの?」
「え……、ジゴロ」
「これはどういう意味なの?」
少し考えて、静かに父は答えました。
「女の人にお金をもらって、恋人になる男のことを言います」
美しい返答だと今でも思うのです。
子供の私はジゴロの意味を理解し、そこでその会話は終わりました。
しかし、ジゴロの想い出はこれだけでは終わりません。
2013年は、藤井フミヤ氏のデビュー30周年だった
時は流れて今から5年前、藤井フミヤ氏のデビュー30周年の、アニバーサリーツアーがありました。
「青春」というツアータイトルで、チェッカーズのヒット曲*1を中心にセットリストが組まれるという、チェッカーズ時代からのファンにとっては垂涎もののツアー。
私も、何箇所かの会場に足を運びましたが、首都圏よりも地方のほうが会場の大きさがコンパクトで見やすい&チケットも取りやすいという事情があり、地方の会場にも何度か観に行きました。
こちらは甲府でのセットリスト。
「ONE NIGHT GIGOLO」も、チェッカーズの代表的なヒット曲ですので、もちろんセットリストに含まれており、初めて生で見れて感激したものです。
そんな2013年のある週末、山形県に近い某会場でフミヤ氏のコンサートを見た後に私は、実家に立ち寄っていました。
コンサート帰りに寄ったのだと言うと母は「あんたまだ、藤井フミヤが好きだったの?」と驚いた様子。母にとっては私はフミヤ氏を好きだったことよりも、中学・高校時代にYOSHIKIを好きだったことのほうが印象深いようなのです。。。*2
父は「まあ、帰ってくる機会になったのなら何でもいいよ」と言い、そのときふと私は、子供のころに「ジゴロ」の意味がわからなくて父に聞いた日のことを思い出しました。
「そういえばチェッカーズにワンナイトジゴロっていう曲があるんだけど、子供だったから『ジゴロ』の意味がわからなくてお父さんに聞いたことがあるんだよね」
と言うと、父はそのときのことを、まるで覚えていない様子。
母はと言えば
「あんたそれ、私に聞かなくて正解だったわ。私に聞いてたら私怒ってたわ」
とのことで、やっぱりか……というか、子供が素直に疑問に思って聞いてるのになんで怒るんだよ!そんな気はしたけど・笑
うちの父は、私が中3から高3まで単身赴任していて、大学進学と同時に私は上京してしまったから、振り返ると一緒に住んでいたのは中学2年までの短い期間だけ。
大学進学後はたまに帰省したときに会うのみで、家族で旅行とかもしたことがなく。
だからこんなちょっとした会話でも想い出として心に残っていて、父が亡くなった今となっては
「コンサートのついででも、あのとき実家に帰っておいて良かったな」
と思ったりするのです。
さて、あのときは30周年だったけれど、今年はもう、35周年!
今回は山形県にも来てくれるようだし、また会いに行って、ついでに実家にも立ち寄りたいものですね。